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N.Y. 点描 no.4
〜COVID-19がもたらす、思わぬ人との出会いと思い出〜

川出 真理

自宅待機が始まる直前、体温計を買おうと思って薬局を3軒回ったがどこも売り切れだった。徒歩圏内にある最後の1軒となる小さな薬局に入ると、店主らしき男性が「さっき最後の1つが売れたよ」と言うが、奥さんらしき女性が、ハシゴに乗って棚の上の方を見てくれて、潰れかけた小さな箱を差し出してきた。
ロシア語がびっしり書かれたその箱に入っていたのは、昔懐かしい水銀式の体温計で、しかも華氏ではなく摂氏表示だった(アメリカでは温度は華氏表示)。

7ドル支払って無事に体温計を入手し、帰宅して箱をよく見ると、中国で製造されたウクライナのメーカーのものだった。それがどういうわけか、ニューヨークのラテン系の店名の薬局に運ばれ、韓国系店主から、日本人の私が買ったのだ。ニューヨークを含めアメリカの多くの州では日本と同様、水銀式の体温計の販売が禁止されていると気づいたのは、それから大分後のことだ。

同じ頃、友達から駅前のギフトショップでマスクが売られているとの情報が入ったので早速買いに行くと、箱から1枚ずつ出された個包装されていないマスクが売られていた。
衛生的に買う気がしなかったが贅沢は言えないと思い直し、10枚買うことを伝えると、「アメリカ製、カナダ製、中国製のうちどれがいい?」と聞かれた。3つとも見せてもらったがどれも同じような製品だったので、一瞬考えた後に中国製を希望すると、1枚2ドルのところを1ドルにしてくれた。
「食料も買い出ししないといけないだろ。気をつけてな」と言われて初めて、その店員もアジア系であることに気がついた。

自宅待機が始まってからしばらく経つと、道端に放置されたままになっている犬のフンが目立ち始めた。ニューヨークでは飼い主がしっかり犬のフンを拾っていると思っていたのだが、どうやらそうではなく、普段は住宅の前の道を住人や管理人が掃除していたようだ。そう思うと今までに住んだ家の管理人たちの顔が浮かんできた。ドミニカ共和国、メキシコ、ロシア、中国、プエルトリコからの移民に混じって、若い白人のアメリカ人もいたなぁ。

私が住んでいる地区では、ほとんどの食料品スーパーは開いているが、中国系のスーパーだけは閉鎖されている。中国系のどの店の前にも「店員の安全のために休みます」と書かれた張り紙が残されているが、それは、店員をウイルス、差別、それとも両方から守るためだろうか?

あちこちの電信柱に「買い出しサポートします」と書かれた張り紙が貼ってある。英語だけでなく、この地区の多数の移民が話すスペイン語のものも見かける。張り紙をよくみると、それはフィリピン人コミュニティが発行しているものだった。

最近、閉店中の店舗のシャッターに、スプレーで「Fuck COVID-19」と書かれているのをよく見かける。あまりにたくさんあるので、何だろうと思ってじっと見つめていたら、通りがかりの人が尋ねてもいないのに教えてくれた。「ああ書かれた店は、COVID-19で亡くなった人がいる店。コロンビア系はたくさん亡くなったから」。そう言う彼女もコロンビア系移民のようだった。

2週間ほど前に、ニューヨーク市はマスクの無料配布を始めた。マスクを手作りし、医療機関や交通機関の職員に進呈する人もたくさんいるが、どこかで仕入れた使い捨てマスクや手作りマスクを路上で販売する人たちもいる。これが、ニューヨーク市クイーンズ地区だ。

これからも、COVID-19がなかったら出会っていなかった人たちに出会い、思い出すこともなかった人たちを思い出していくだろう。



執筆者プロフィール:
川出 真理(かわで まり)
映画・ドラマ監督。日本のコンサート業界でプロモーターとして従事した後、2007年に渡米し、ニューヨークのデジタルフィルムアカデミー卒業。監督・脚本を務めた映画『Seeing』でロサンジェルスムービーアワードのベストエクスペリエンス映画とベスト撮影賞をダブル受賞。アメリカ国内外の映画祭への正式参加多数。ドラマでは、コメディ『2ndアベニュー』に引き続き製作した最新作の社会派ドラマ『報道バズ 〜メディアの嘘を追いかけろ〜』がAmazon他で配信中。

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